…と、何を話しておったのだか・そう、ストレスを抱えたせいか、病になったのだった。パルボウィルスに感染したのだ。感染源はおそらく…川向こうの寿司屋の友人犬か?奴も確か同じ頃、病にかかったと言っていた。ストレスのせいで、免疫力も抵抗力もがた落ちしたんだろう。
小雨模様の朝だった。何だか胃が重苦しくて ワシは散歩の催促をする気力もなかった。朝の散歩当番の末っ子が だるそうにリード片手にタラタラやって来た。そして縁側に腰を下ろして眠そうにしておった。呑気な奴だ。
ワシはこの際 頼りないこの末っ子でもいい、助けてくれ、気持ちが悪いのだと涙ながらに訴えかけた。さすがにワシの尋常でない様子に気付いた末っ子が家族を呼ぶより早く、吐いた。ワシはこらえきれずに…。
胃液さえ 胃に溜まるのが許されない。腸まで出てしまうのではないかと思う位の吐き気だ。
始めて病院というものに行ったのだった。途切れ途切れの意識と吐き気。点滴を受けながらワシは、この苦しみからの解放はないのではないかと途方に暮れた。
しかし、しばらくするとあることに気付いた。アライ家が優しい…。ワシだけを心配してくれるのだ。弟犬のことなど もはや眼中にないのだ。
ワシは順調に回復した。アライ家も一安心し明るさが戻ってきた。しかしまだ絶食命令が出ており、油断禁物だったのだ!!
点滴で生きていたワシは 何となく水が飲みたくなった。ふと、水たまりが目に入ったのだ。ワシは駆け寄って思う存分その水たまりから飲んだ。アライ家の子供達はそんなワシを見て「 喉乾いてんねぇ。」…呑気なのだ。
ワシは再び強烈な吐き気に襲われましたとさ。
病院に担ぎ込まれたワシを見た 獣医がアライ家の子供達に向かって 「水なんか飲ませたら、死んじゃうよっ!!!」と、一喝。
その瞬間だ。末っ子も、当時 高校生だった長女も 二人同時に 大声で泣き出したのだ。病院中に響きわたる泣きっぷりだった。
いやいや ワシは嬉しかった。ワシの為にいい年頃の子が大泣きしてくれたのだから。
しかし 病がおした為、アライ家の家計に負担が増えた。病癒えぬある日、玄関の中に寝床を作ってもらい うつらうつらするワシを見て、アライ家母が 「まったく、金食い犬なんだから。」と、呟いた。
そうだった。一番面倒をかけたのは 母だったのだ。ワシは立ち上がり ふらつきながらも 母に感謝の気持ちを込め、しっぽをふった。ワシの精一杯だ。
後で小耳に挟んだのだが、その時の力無くも、一生懸命しっぽをふるワシを見て、母は ああ、悪いこと言ってしまった、と後悔の気持ちにかられたそうだ。
この頃から ワシは本当にアライ家の家族になった気がする。もう弟犬のことでやきもきすることもなくなったのだ。
そしてワシの絶頂期が幕をあけた。