あの選択は正しかったのか…。事件の始まりはこうだ。
8月も終わりのある夕暮れ時、ワシは末っ子と散歩に出掛けた。蜩が夏を名残惜しんで鳴いておった。町は夕暮れの淡い橙色に染まっていた。タバコ屋の前を通り過ぎ、緩いカーブにさしかかった時だ。カーブの垣根にある道祖神の石碑の前に、ぽつんと洗面器が置いてあったのだ。末っ子は気づかずに通り過ぎようとしていた。
しかし、ワシは見たのだ。その直径二十センチ程の洗面器の中に、タワシかコロッケかと見まがうほどの子犬が二匹入っているのを。
ワシは迷った。末っ子は気付いていない。無視して通り過ぎるか、幸い今は夏、凍えることはないだろう、誰か他の人に見つけてもらえ…いやいや 腹が空いてるかもしれん。うーん………。
散々迷ったが、ワシはリードを引っ張り、通り過ぎた末っ子に洗面器の存在を教えた。
ピンク色の洗面器には血のついたタオルがしかれ、おそらくは産まれてすぐ、洗面器に入れられ捨てられたのだろう、まだ目もあかず、動くことすらままならない状態。上から見ればただの「亀の子だわし」だ。末っ子は洗面器を抱え、小走りで家へと向かった。ワシは引きずられるように後から走っていった。
ワシは甘かった。どうせ、またペットショップに引き取ってもらうのだ。そうタカをくくっていた。案の定、末っ子は自分が引き取り賃だすからと アライ家母に話をつけ、乳離れするまで育てようと相成った。
物事は上手くは進まない。しばらくたったある朝、子犬の入ったダンボールに黒い筆の先が落ちていた。筆の先?それを見つけた末っ子は拾い上げると、まじまじ見つめた。どこかで見た色、形。
ふと、子犬を見た。一匹の子犬に目が止まった。頭、体、しっぽ。…?しっぽ?あれ?もう一匹のしっぽを見た。茶色のしっぽ、先が黒い。
おわかりだろう。一匹の子犬のしっぽの先だったのだ。黒い部分が骨ごとポロリと、…壊死したらしい。獣医は言った。血流が悪かったのだろう、何か障害を持っているかもしれないと。
マルコ、しっぽの先が取れた子犬の名前。
コロン、しっぽのある犬の名前。
障害がある犬を誰かにあげられない。家で飼おう。一匹だけペットショップに連れていくのは可哀想。家で飼おう。
で、アライ家のアイドルはワシから子犬にバトンタッチとなった。
ワシは、一匹外でぽつんと取り残された気がした。
平穏に生涯を全うするはずが、ワシ自らの選択であらぬ方向へと舵をきったのだ。